ぶきっちょなりんごと私

 

きっと世界には人前で歌う様々な声を持ったボーカリストが何万人、何億人といる。

そんな途方もない人数の中、私の胸を震わせる声に出会ったのは地元にある年季の入った小さなホールだった。

 


高校生の私は独特の世界観を持つボーカロイド曲が好きで、自ずとその曲たちをカバーする、いわゆる歌い手さんの動画もたくさん見て聴いていた。今も聴いてる。

そんな歌い手さんたちが集まるイベントが地元であると知った。特にお目当てがいたわけじゃないけど、ライブという空間が好きだし何より爆音で好きな曲を聴きたくてギリギリにチケットをとった。
会場の一番後ろ、端っこの席。まじで?最後にとったの私じゃん。これが運命の切符。

 


その日、たくさんの人が代わる代わる歌うステージで赤く光るペンライトの海の中に立ったのは、会場と同じぐらい真っ赤な髪を持つ歌い手さん。私はその人の名前と代表的な曲『ECHO』ぐらいしか知らない。

偶然にも唯一知っていたこの曲の前奏が始まり、ブレス音。

「THE CLOCK STOPPED TICKING FOREVER AGO…」


英詞とともにマイクを通して聴こえた声は驚くぐらい真っ直ぐ私の元へ飛んできた。ぞわりとたつ鳥肌。勝手に上がっていく体温。ペンライトを持つ手に汗がじわっと滲む。

力強くエッジの効いた高音は私の胸のど真ん中をぶっ刺していつまでも離してくれなかった。

 


それが私の世界一好きなボーカリスト、あらきさんとの奇跡みたいできっと必然的な出会い。

 


それからあっという間に3年。私はあらきさんと彼が率いるバンド、AXIZの初のワンマンツアー『DRAMA & TRAUMA』の初日、大阪公演に立ち会うこととなった。

この3年間、いつでもどこでも、耳にさしたイヤホンからはよくあらきさんの声がした。でも彼の姿を必死に追いかけていたわけではない。地方の田舎住みだからだとか、他の現場があるからとか適当で勝手な理由をつけて、あらきさんの出る合同イベントは片手で数える程度しか行ったことがないし、前の単独ライブも行かなかった。

でも2019年は東名阪+地元・青森のツアーを行うと生放送で発表。これを今年の大きな目標としたい。あらきさんがそう言った。
えっ大阪なら私行けるじゃん!行く行く〜〜〜!先行申し込むっきゃねえな〜〜〜〜!!!

 


あっという間に当落の日。結果は完敗。先行抽選に破れて私の元にチケットは来なかった。
うそ……まじで……?勝手にご用意できると思ってたよ。在宅ファンに現地行く権利などないの?え……ほんとにつらい……まじで……?

しょげにしょげて、「もうこれは行くなってことか?そういうことか??」ってへそ曲げて半ば諦めムード。

この地点で探そうと思えばチケットのお譲りはいくらかあったと思う。だけどそこまでしなかった私のワンマン行きたい!って気持ちはそれぐらいだったってことです。

 


そのままズルズルとワンマン初日まで1ヶ月。私の気持ちを変えてくれたのは、EXILE SHOKICHIさんの初のソロツアー『UNDER DOGG』だった。

大阪城ホールにいる1万人の愛がたった1人しょーきちさんに向けられ、彼も同じぐらいたっぷりの愛で応えてくれる空間。こんなに幸せで最高のことはないなあと、スタンド上段からピンクに揺れる会場を眺めてちょっぴり泣いた。

会場を出てからふと思い出したのは赤髪のあの人のこと。
あらきさんのソロツアー……行くっきゃなくない……?!自分の好きなボーカリストが作り出す最高の空間に私も立ち会わなきゃぜっっったいに後悔する。

 


そうと決まれば早い。初速からマッハ。
次の日にはツイッターで検索して、親切な方に譲っていただいた。(ほんとうのほんとうにありがとうございました)

 


会場はESAKA MUSE。400人ぐらいしか入らない小さなライブハウスの7列目ぐらい。壁にはDRAMA & TRAUMAとかかれたでかいバックドロップ。

開演時間になり照明が落ちてみんな悲鳴をあげる。ほんとにここに立つの?この距離に??まじで??やばいやばいやばい口から心臓出る。本気でそう思った。

 


バンドメンバーが登場したあと、入り乱れるスポットライトとレーザーライトの中、あらきさんが陰から現れた。

マイクを力強く握る。たくさんの人の手が彼に伸びた。赤い髪の隙間から覗き見える目は、光に反射してギラギラと光り、それは会場の人を捉えて離さない。

蛇が地面を這うような低音、鋭く会場を貫く高音。少しずつ命を削って生まれてきたかのような声たちがライブハウス内に飛び散っていく。

それは心に刺さるとかそんな優しいもんじゃない。鋭い鉤爪で私の心の中にあるものを全部抉って持って行っていった。まさに獣のよう。最高にかっこいい。

 


アルバムのお気に入り曲の前奏が始まった瞬間沸いたり、生で聴くからこそある曲がめちゃくちゃお気に入りになったり、思ってもみないボカロ曲が始まってぶち上がって頭を振ったり。1分1秒がずっと楽しくて、あっという間に時間が過ぎてアンコール。

その2曲目にあらきさんは「この曲から知ってくれた方も多いと思います。その曲を今回のツアーのために新しく作り直しました。今日が初お披露目です」と前置きをしてから、聴いたことのない前奏が始まった。
……あれ?あの曲じゃないの?初聴きの私たちは手探りで曲にのる。小さいブレス音。

「THE CLOCK STOPPED TICKING FOREVER AGO…」

サウンドはまるっきり違っているけれど、それは紛れもなく『ECHO』だった。
不思議な気分。地元の小さなホールの1番後ろで聴いた曲を3年経った今、ライブハウスの真ん中で聴いている。もうこの曲は歌ってくれないと思ってた。また聴けた。こんなことってあるんだ。勝手にぽろぽろと涙がこぼれた。

 


歌い終わったあとにあらきさんは「知らない曲だと思ったでしょ?この曲のように自分は変わっていくけど、この胸の中の想いは変わらないので。どんな形になろうともこれがAXIZのあらきです」と言った。

私がすきになった3年前のあの瞬間から、あらきさんの歌う曲も活動内容も環境も変わって。もちろん私自身もたくさんのことが変わった。

だけど、あらきさんが変わらぬ想いを持ってステージに立ち続けてくれるから。私がずっとこの声が好きだから。3年経った今、このライブハウスで再会できた。

それはとっても幸せなことで、ずっと続くものじゃなくて、誰にでもあるものじゃない。

 


ライブの内容としては曲間長すぎて客席お通夜になるとか、この曲からこの曲はノリずらくない?!とか、バンドメンバー紹介を忘れたりだとか、勝手に色々ハラハラするところはあった(初日ってこともある)(余計なお世話)

だけどそんなところが彼らしくて、綺麗な箱に収まったライブよりずっと愛おしくて好きだと思った。

あらきさんがむいたリンゴは赤い皮が残っていたり果肉が大きく削がれていたりとちょっぴりぶきっちょで。だけど、それでも本当に美味しくて、何回だって手を伸ばしたくなる。

この先どんどん洗練されて、皮をむくのが上手くなるんだろうな。それが見届けられるのもまた素敵だし、そんなリンゴをこれからも食べに行きたいなあって思う。